日本百観音霊場マップ
別名:北向観音
北向観音の創建は天長2年(825)、常楽寺背後の山から轟音と共に大地が揺れ周辺に甚大な被害をもたらした。 それを見た慈覚大師が大護摩を焚き祈祷した所、紫雲が立ち金色の光とともに観世音菩薩が現れ大地を清浄化した。 大師はこの観世音菩薩を模った木像を刻み、小堂に祀ったのが始まりと伝えられる。 北向観音という名称は堂が北向きに建つことに由来する。 これは「北斗七星が世界の依怙(よりどころ)となるように我も又一切衆生のために常に依怙となって済度をなさん」という観音の誓願によるものといわれている。 また、南向きの善光寺に向き合っているところから「北向観音」と呼ばれ、善光寺が「未来往生来世の利益」を祈願するのに対し北向観音は「現世の利益」に御利益があることから「片方だけでは片詣り」と言われている。
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札所について
北向観音の創建は天長2年(825)、常楽寺背後の山から轟音と共に大地が揺れ周辺に甚大な被害をもたらした。 それを見た慈覚大師が大護摩を焚き祈祷した所、紫雲が立ち金色の光とともに観世音菩薩が現れ大地を清浄化した。 大師はこの観世音菩薩を模った木像を刻み、小堂に祀ったのが始まりと伝えられる。 北向観音という名称は堂が北向きに建つことに由来する。 これは「北斗七星が世界の依怙(よりどころ)となるように我も又一切衆生のために常に依怙となって済度をなさん」という観音の誓願によるものといわれている。 また、南向きの善光寺に向き合っているところから「北向観音」と呼ばれ、善光寺が「未来往生来世の利益」を祈願するのに対し北向観音は「現世の利益」に御利益があることから「片方だけでは片詣り」と言われている。