日本百観音霊場マップ
奥武蔵の都幾山の中腹に位置する山寺です。杉木立の中の女人坂を登って、ようやく慈光寺に着きます。寺伝によれば、673年に僧・慈訓が千手観音を刻んで祀ったのが始まりで、修験道の祖・役小角が道場を開いたとも伝えられています。その後、鑑真の高弟・道忠によって堂宇が整えられ、最澄の弟子・慈覚大師円仁によって天台宗寺院となったということです。最盛期には75坊を擁する関東の巨刹として栄え、源頼朝が戦勝祈願に愛染明王像を奉納したという記録も残っています。その後、戦乱によって往時の繁栄ぶりは失われましたが、国宝を含む貴重な文化財が今に伝えられています。観音堂には左甚五郎作と伝えられる「夜荒らしの馬」という白馬像が吊るされています。朱印所がある本坊には阿弥陀三尊が安置され、上がって拝むことができます。
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札所について
奥武蔵の都幾山の中腹に位置する山寺です。杉木立の中の女人坂を登って、ようやく慈光寺に着きます。寺伝によれば、673年に僧・慈訓が千手観音を刻んで祀ったのが始まりで、修験道の祖・役小角が道場を開いたとも伝えられています。その後、鑑真の高弟・道忠によって堂宇が整えられ、最澄の弟子・慈覚大師円仁によって天台宗寺院となったということです。最盛期には75坊を擁する関東の巨刹として栄え、源頼朝が戦勝祈願に愛染明王像を奉納したという記録も残っています。その後、戦乱によって往時の繁栄ぶりは失われましたが、国宝を含む貴重な文化財が今に伝えられています。観音堂には左甚五郎作と伝えられる「夜荒らしの馬」という白馬像が吊るされています。朱印所がある本坊には阿弥陀三尊が安置され、上がって拝むことができます。